福島・双葉病院にて患者を置き去りにして職員が逃げたという誤報

3月17日頃からの各メディアの報道において、福島第一原発の半径20キロ圏内にある福島の双葉病院において、運ばれた患者が相次いで死亡したが、その時に病院関係者が搬送時に付き添っていなかったという報道がなされます(17日にTUFの報道番組(地デジ6ch)が「大熊町双葉病院の職員は患者を残して逃げたというものがあったらしい)。

その後、福島県が発表したことを受けて、新聞など各メディアがそれを伝えます。

■東日本大震災:福島・避難の高齢者14人死亡 救助時、患者のみ82人--入院の病院 – 毎日jp(毎日新聞)(現在は削除)
■福島・双葉病院、患者だけ残される  読売新聞(現在は削除)
■asahi.com(朝日新聞社):患者避難、医師ら付き添わず 21人死亡の双葉病院 – 社会(※リンク切れ確認2012/12/3)

福島第一原発の半径20キロ圏内にあり、避難指示を受けた双葉病院(福島県大熊町)から運ばれた患者が相次いで死亡した問題で、病院関係者が搬送時に付き添っていなかったことがわかった。福島県が17日に発表した。
県によると、同病院には338人が入院し、うち146人は寝たきりや病状が重い患者だった。14日午前11時すぎに同原発3号機が爆発したのに伴い、陸上自衛隊などは1415の両日に患者を3回に分けて救出した。
陸自が14日に救出した時は、病院には病院長のほか職員が数人いた。しかし避難所までは付き添わず、15日の午前と午後に計55人を搬送した際も病院関係者の付き添いはなかったという。県によると、移動時に患者の病状が確認できない状態で、搬送中や搬送後に計21人が亡くなったという。
県が15日深夜に病院長と連絡を取ったところ、「第一原発が爆発したので、川内村で自衛隊を待っていた」などと説明したという。県の担当者は「付き添うべきだった」と話している。 (以上、朝日新聞2011年3月18日付)

一見、責任を放棄したように受け止められるものだが、これに対して病院の関係者の方が、事実とは異なるという旨のTweetが行われます。

Togetter – 「福島・双葉病院「患者置き去り」報道に関する情報」

詳細は読んでいただくこととして、重要なところをまとめると、「院長及び病院関係者は可能な限り最後まで病院にいた」、「また、救援に来たバスは普通の大型バスであったため、車いすや寝たきりの患者は搬送できなかった」という点。また、「都内某病院から双葉病院の患者を一部受け入れた旨の連絡を受けました。処方箋も届いていることは確認しましたので、放棄して逃げたという情報は疑問があります」とのTweetもあり。

そして3月18日昼頃、松永英明氏がこの件についての情報をまとめ、報道に誤報の可能性が高いことを指摘します。

福島・双葉病院「患者置き去り」報道の悪意。医師・看護師は患者を見捨てたりしていなかった – 絵文録ことのは – BLOGOS(ブロゴス) – livedoor ニュース

こちらを参考にすると、時系列は

 ・2011年3月11日14時46分:大地震発生。

・3月12日5時44分、福島第一原発の避難指示の区域を、これまでの半径10キロメートルに拡大。14時すぎに大熊町役場が福島交通の大型バス5台を派遣したが、患者・搬送者・護送者を乗せることができなかった。また、救援に来たバスは普通の大型バスであったため、車いすや寝たきりの患者は搬送できなかった。ちなみにこの時点では、震災から24時間も経っておらず、全てが混乱している状態であったと推測できる。

・3月14日昼前、自衛隊が同病院への救助に到着。患者・施設入所者130人を救出。その他、自力で脱出した人もいた。患者98人と院長ら職員4名、警察官が残り、自衛隊が再び救援に来るのを待つ。

・3月15日午前1時ごろ、一緒に残っていた警察官から避難するよう求められ、院長ら職員4人は患者を置いて、警察官とともに隣の川内村に避難した。そこで合流した自衛隊と共に病院に向かおうとしたが、避難指示の対象地域のため、自衛隊だけで向かうことになった。院長は「日付が変わり、警察官から避難を求められた。どうすることもできなかった」と述べている。

つまり、3月15日午前1時ごろの最終避難まで院長や職員はともにいたが、警察官からの指示(つまりよほどの事態)において苦渋の選択として避難せざるを得なくなったということだと思われます。ちなみに上で書いてあるように、その後(15日昼頃)、自衛隊が病院に向かい、救助にあたっています。しかし残念ながら、搬送中・搬送後に計21人の患者が亡くなったとのこと。

 

さて、何故これが最初のように患者を置き去りにして医療関係者が逃げたというように伝わったのは、この自衛隊の救助時には前述のようにやむなく病院関係者は避難をせざるを得ませんでしたが、その時のことについての福島県の発表が「病院関係者の付き添いはなかった」というものがそのまま報道で「患者を見捨てて逃げた」と受け止められ、報道されたからということらしいです。

 

その後、福島県が情報を訂正しました。

■時事ドットコム:「避難時に院長いた」=福島県が訂正発表 (2014/4/9リンク切れ)

さて、報道された内容に関してですが、極論をいえば自衛隊が来たとき(つまり2回目、3回目の避難時)に院長はいなかったので、福島県も報道もウソはついていません。が、ウソをついていないことが真実とは言えません。報道は意図してかせざるか、そのウソをつかないけど真実ではないことを報道することがあり、それが報道被害となることがよくあると思われます。これもそのひとつではないでしょうか。ただ、(場合にもよりますが)私はそれを「誤報」と定義しますので、今回の見出しにも「誤報」と書きました。

■参考:asahi.com(朝日新聞社):双葉病院長「避難迫られた。責任ない」 患者21人死亡 – 社会(※リンク切れ確認2012/12/3)

また、震災前から医療での死亡などで医者に対しての報道の在り方などで問題になることがありましたが、この件も医療というものに対する報道として、色々考えさせられるものではあります。

 

■関連:「患者さんを見捨てて逃げた」というのは誤報 – 琥珀色の戯言

タイトルとURLをコピーしました